National Intelligence Agency

あいにくの曇り空。少しひんやりした朝を迎えています。
気が付いたらもう5月。今年の連休は、大型連休になりそうです。
私が就職したころは、土曜日は半休だったように記憶しています。隔週でそうだったかよく覚えていないのですが、いずれにせよ、まだ、そんな「働け」時代でした。今の時期、新入社員たちが全国中から集まりますが、通勤の際に、いつもとは異なる混雑ができます。高速道路の事故渋滞みたいなもので、一人が立ち止まったりすると、流れによどみができます。先日来所されたお客様は、リモートワークの方だったのですが「電車が変に混んでいた」旨話され、この話題になりました。
まだ、東武東上線の改札には、駅員さんがいて、切符を切っていましたが、切ってもらわなくても問題はないんだと、先輩に教えてもらったのを覚えています。たまに使う有楽町線の車内は扇風機を使っていて、エアコン仕様の車両がくると嬉しかった。そんな車内は恐ろしく混んでおり、満員電車の乗り方をよく理解していない私は、人の波に押されて、女性と足が大きくクロスしてしまい「しんじられないわ」と嫌味を言われながら、熱気からなのか冷や汗からなのかわからない変な緊張感を強いられながら出社していた、そんな時代でした。
今の若い人たちは、私の子供世代になっています。礼儀正しい人、日本を大好きな人が多い気がしています。そんな彼らを大切にしたいとする方向性に何ら迷いはないのですが、私世代、私の先輩世代、親世代、先の戦争世代など、今よりはるかに大変な厳しい日々があったからこそ、若い人たちが胸を張って歩ける現代の平和な時代があることを、決して忘れてはならないと思います。皆さんが知らない、生きていくのがはるかに大変な時代があったのです。
インテリジェンスの研修を受けたのは何年前だったでしょうか。その時、米国に日本が負けたのは情報量の少なさが第一、だったと思っていたのが、実はそうではなく、当時の日本の諜報機関は極めて優秀だったことを知り、自分の不明さを悟りました。おそらくどこかで、旧日本陸海軍が、米軍と比較してレーダー装備が劣っていたことを、インテリジェンス機能が劣っていたと錯覚したままになっていたのかも知れません。昔の日本の高度な技術を復活させ、日本をしっかりと守ることは、世界全体の安全保障に直結するものであり、友好国が期待しているところでもありますので、大いに歓迎します。
「敵を知り、己を知れば」は隣国からでた言葉です。大陸の遺伝子を継承している彼らは、歴史深い大国であることは間違いありません。
情報をしっかりと収集し、コロナのころよく言われた「上手に付き合う」ことこそが、これまでもまたこれからも求められているように思います。
長崎でキリシタンの悲しい歴史に触れました。日本人が持っていた(る)残虐性も相当なものであり、このような行為は、人間の本質に寄与したものであると理解しました。自国だけが「いい子」であるかのような傾斜した思想は極めて危険なのであって、歴史を正しく知り、伝えていくことが大切だと感じました。
AIの技術が進化していき、おそらく、自分がすべてを知っているかのような「錯覚」の時代に入っていくと思います。たまに行う一人旅で、その街の雰囲気を体全体で感じながらであるからこそ気が付くこと、が必要な「本質」なのかもしれません。これからの時代、部屋にこもっているだけでは、ますます本質を見誤ってしまいます。収集されてきた情報を上手に利用する「冷静さ」がより求められてきます。
自戒の念を込めて。




