防衛費増額について

 

先日ある人が「日本は、一部の少数派の「1点黒があればすべてだめ」の主張に過度に配慮する不思議な国になってしまっている」と話していました。
多数派の考えを進めていこうと場を設け、議論をしているのに「あなたのボスの言い方が気に入らない、だからあなたの意見は聞かない」とか「あなたの言っているこの点はおかしい、だから話自体を行わない」などといった感じで、議論が前に進まないのです。
でも、これでは、彼が、万年少数派にいるのは仕方ない と思ってしまいます。これから試合だというのに「この球場の芝生が一部はげているから試合しない」とか「おたくの監督のこの点が気に入らないから試合しない」と言う話です。土俵に乗らない理由を探している。


こんな話を聞くと悲しくなります。
そんなに芝生が剥げていることや、相手の監督が嫌なら、メディアを使って堂々と表に出て、
「だから私は議論に参加しない人なのだ。こんな私を支持してください」と言えばいい。



日本はなぜこんな国になってしまったのか。
成熟国家=過度な安定志向 が理由なのかも知れません。



防衛費増額の議論が熱を帯びてきています。
国際情勢は全く不透明なままです。
日本と中国が紛争になった場合、このままでは日本が負ける可能性が高い状況の中、防衛費を渋るような報道がされていますが、本当なのでしょうか。

財源論の話になりますが、国債であっても増税であっても、仕方がないと考えます。
ただ、同時に、それを賄うべく、中長期的な経済拡大化の、壮大なビジョンを示さなければならない。
しばらく頑張れば経済が拡大し、全てもとに戻せる社会が来る という展望がみえないと、国民は今まで以上に消費しなくなると考えます。


まずは経済政策です。



もっとも、経済拡大を計画するなど、本当に大変なことです。歳出カットや増税と異なり、結果がすぐには出ないものですし、歩留まりは必ず生じます。本当に難しいこと。
でもやらなければならない。
半導体等個別の事業に注力する対策は目に見えています。
他にもやれることは多々あると思います。

海外諸国はこれまでと異なり、日本を見極めようとしています。
結果の出ない小田原評定のような議論では、国益を損ないます。
いざという時に、十分に支持してもらえなくなります。
自分の国を自分で何とかできないで、他国に頼るなんて虫が良すぎます。



日本はアメリカの州の一つになればいいという発言すら出始めています(アメリカ批判ではありません)。そうなったら、アメリカに助けてもらえると。
それも良いかもしれないと思いました。良いのでしょうか?

でも、最初に戦わなければならないことには変わりありません。



負けるな日本。